「暇」を潰して考える構造設計 — OpenRadiossで比べる明朝体とゴシック体
はじめに
太い部材ほど、潰れにくく、より多くのエネルギーを吸収する——直感的にはそう思えます。 しかし、圧壊性能は材料の量だけでは決まりません。どこから座屈し、どう折り畳まれ、最後まで荷重を受け続けられるかによって結果は大きく変わります。
今回は、同じ漢字「暇」を明朝体とゴシック体で作り、上から押し潰すという少し変わった解析を題材にします。使ったソルバーは、衝突や大変形を扱えるオープンソースの OpenRadioss です。
この解析はフォントの強さを決めることが目的ではありません。身近な形状の違いを通じて、座屈、接触、荷重–変位線図、エネルギー吸収という構造解析の考え方を見ていきます。
この記事は、Nature Architectsの「たのしい形状探索のススメ ひらがな編」にインスパイアされて書いています。文字の形と力学的な振る舞いを結びつけるというとても面白く、示唆に富んだ着眼点です。
圧壊現象の非線形性
物体をゆっくり押すだけなら単純な問題に見えますが、大きく潰れる過程には複数の非線形性が同時に現れます。
- 材料非線形:降伏後に塑性変形し、荷重を除いても元の形に戻らない
- 幾何学的非線形:大きく曲がると、力を受ける方向や構造全体の剛性が変わる
- 接触非線形:離れていた画同士が接触し、滑り、場合によっては再び離れる
とくに今回のような文字形状では、圧縮が進むたびに荷重の伝わる経路が組み替わります。初期形状だけを見て「線が太いから強い」と判断することはできません。
OpenRadiossによる動的陽解法解析
OpenRadiossは、時間を細かく刻み、現在の力・質量・速度から次の瞬間の運動を順に計算する動的陽解法のソルバーです。
各時間刻みで構造全体のつり合いを反復して解く必要がないため、急激な座屈や接触状態の切り替わりが続く問題に向いています。一方で、安定して計算するには非常に小さな時間刻みが必要で、結果には押込み速度と慣性の影響も含まれます。
今回は60 mmの押込みを20 msで与えています。したがって、これは静的な圧縮試験そのものではなく、動的条件下の比較です。準静的な性能を調べるなら、押込み速度を下げるとともに、運動エネルギーが内部エネルギーに対して十分小さいことを確認する必要があります。
解析モデルと比較条件
比較する書体は次の2種類です。
- 明朝体:Noto Serif CJK JP。線幅に変化があり、端部に「うろこ」がある
- ゴシック体:Noto Sans CJK JP。線幅が比較的均一で、太い画が多い
フォント以外は同じ条件に揃えました。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 文字の範囲 | 100 × 100 mm |
| 奥行き | 1 mm |
| 材料 | アルミニウム |
| 押込み量/時間 | 60 mm/20 ms |
| メッシュサイズ | 4 mm |
| 境界条件 | 下側プレートを固定し、上側プレートを強制変位 |
| 接触 | プレート–文字間、および文字の自己接触 |
| 摩擦係数 | 静摩擦0.20、動摩擦0.15 |
| 破断 | なし |
文字は奥行き方向に1 mm押し出し、その方向へは変形しないよう拘束しました。上下のプレートは変形しない剛体です。
圧壊過程の可視化
明朝体

明朝体では細い線が各所で曲がり、文字全体がプレート間にまとまったまま折り畳まれていきます。局所的な座屈が複数箇所で順に起き、材料が圧壊の後半まで荷重を受け続けています。
ゴシック体

ゴシック体では太い画が大きなブロックとして動きます。圧縮後半になると、「コ」と「又」のブロックがうまくかみ合わずに右側へはじき出され、プレートの外側へ逃げました。また、「日」と「又」のブロックの間隔が空いてしまったことで、「巳」に近い形の真ん中のブロックが90度回転してしまい、荷重が逃げてしまっています。これらの部分はエネルギー吸収に寄与しません。
単純な材料面積が多いことと、その材料を最後まで有効に使えることは別の問題だと分かります。
最大荷重とエネルギー吸収量
圧壊性能を読むうえで重要なのが、押し潰す力 と押込み量 の関係を表すF–s線図です。

曲線の高さは各変位での荷重を、0から押込み量 までの曲線下の面積は吸収エネルギー を表します。
比較結果は次のとおりです。
| 指標 | 明朝体 | ゴシック体 |
|---|---|---|
| 初期材料面積 | 3,549 mm² | 4,491 mm² |
| EA(0~60 mm) | 46.15 J | 38.73 J |
| EA/面積 | 0.01300 J/mm² | 0.00863 J/mm² |
| 平均荷重 | 769 N | 646 N |
| 最大荷重 | 4.18 kN | 5.00 kN |
今回は奥行きと材料が共通なので、初期材料面積は使用した材料量に比例します。したがってEA/面積を見ることで、材料量当たりの吸収効率を比較できます。
ゴシック体の最大荷重は約5.00 kNで、明朝体の約4.18 kNより高くなりました。しかし、高い荷重が出たのは主に圧縮終盤です。圧壊過程全体で積分したEAは、明朝体の46.15 Jがゴシック体の38.73 Jを上回りました。
さらに、ゴシック体は初期材料面積が約27%大きいにもかかわらず、EAは約16%小さい結果です。面積当たりのEAでは、明朝体がゴシック体より約51%高くなりました。
これは、衝撃吸収構造を最大荷重だけで評価すると本質を見誤る例です。乗員や内容物を守る構造では、ピーク荷重を抑えながら、必要な変位範囲にわたって安定して荷重を受けることが重要になります。
考察
変形の様子を見ると、性能差を生んだ要因のひとつとして、明朝体にある「うろこ」の働きが考えられます。
明朝体では、線の端にある三角形状のうろこが、潰れる途中で隣の画や折れ曲がった部分に引っかかります。この小さな引っかかりによって画がばらばらに滑り出しにくくなり、文字全体がひとつの塊としてプレートの間に留まります。そのまま複数の画が互いに支え合いながら折り畳まれるため、押込みの後半まで多くの材料が圧壊に参加し続けました。

赤丸で示した部分では、うろこを含む端部が周囲の画に引っかかり、画同士が離れるのを抑えています。
一方、ゴシック体の画は太いものの、端部が比較的平らです。画同士が接触しても引っかかりが生まれにくく、圧縮によって横向きの力を受けると、大きなブロックのまま外側へ滑り出します。いったんプレートの外へ逃げた画は、それ以上押し潰されないため、持っている材料量をエネルギー吸収に使い切れません。
今回の変形では、うろこを含む端部形状が画同士をつなぎ留めるように働き、文字が一体となって潰れているように見えます。細かな突起や線幅の変化が、全体の崩れ方を制御し、結果として少ない材料でも高いエネルギー吸収につながったと見ることができます。
補足:破断の難しさ
今回の解析には破断を入れていません。アルミニウムは塑性変形しますが、どれほど大きく変形しても要素が裂けたり消えたりしない設定です。GIFで一部の画が離れて見えるのは、もともと分かれていた画が滑って移動したためで、材料そのものが途中で切れたわけではありません。
破断を計算で扱うのが難しい理由は、亀裂が入る前後で構造の状態が連続的につながらないことにあります。材料に損傷や局所的な変形が集中すると、その部分の耐荷能力は低下します。さらに亀裂が進展したり、計算上の破断条件に達して要素が削除されたりすると、それまで荷重を伝えていた経路が突然失われ、力は残った部分へ一気に流れ直します。構造全体で見れば、「少し変形したから応答も少し変わる」という滑らかな変化ではなく、支え方そのものが突然切り替わる現象です。
さらに、亀裂が進むたびに新しい自由表面が生まれ、離れた部分が別の場所へ衝突して、新たな接触も発生します。要素を削除して破断を表現する方法では、削除の瞬間にその要素が担っていた剛性と荷重が失われます。そのため応答が急変しやすく、破断条件やメッシュの大きさによって、亀裂の進み方や吸収エネルギーも変わります。破断条件を追加するだけで済むのではなく、急激な耐荷能力の低下、荷重経路の非連続な変化、接触の増加を同時に追う必要があることが、破断解析の計算ハードルを高くしています。
今回はこの複雑さを切り離し、書体によって座屈と接触の仕方がどう変わるかに焦点を絞りました。
まとめ
- ゴシック体は最大荷重で上回ったが、圧壊全体の吸収エネルギーは明朝体が上回った
- 明朝体のEAは46.15 J、ゴシック体は38.73 Jだった
- 面積当たりのEAは、明朝体がゴシック体より約51%高かった
- 性能差は材料量だけでなく、折り畳まれ方と、材料がプレート間に留まれるかどうかで生じた
「暇」という一文字でも、形状が変われば荷重の伝達経路と潰れ方は大きく変わります。圧壊設計で大切なのは、単に材料を増やすことではなく、どこを座屈させ、どのような順序で折り畳み、材料を最後まで働かせるかを設計することです。
