CAEへの向き合い方 — 解析、実験、最適化を経験して私が考えること
はじめに ― 私がCAEとの向き合い方を考えるようになった理由
私はもともとCAE専任として、流体解析の技術開発に携わってきました。 ただ、社内で実験を行うチームが身近にあり、かなりハイペースに試験が行われていたこともあって、月に1回程度は試験に立ち会う機会がありました。
CAEが専門でありながら、毎月のように実験の現場にも足を運ぶ。 この少し変わった立ち位置のおかげで、解析屋の目線と実験屋の目線を両方持つことができたと思っています。 さらにその後、設計最適化にも取り組むようになり、解析・実験・最適化という3つの立場を行き来する中で、「CAEをやっているからこそ、CAEを過信しない」という考え方に至りました。 今回はその経緯を書いてみます。
解析担当だった私が、毎月の試験で学んだこと
試験に立ち会う中で、計測治具が緩んで値がおかしくなったり、模型が直前で変形してしまったりする場面に何度か遭遇しました。 こうした状態のまま試験を強行すれば、そのまま品質問題につながりかねません。
こうした経験を重ねるうちに、「試験結果は自動的に正しい」という前提そのものを疑うようになりました。 測定機器の較正状態、治具の締結、模型の製作精度など、結果に影響する要因は無数にあり、その多くは試験レポートの数字だけを見ていては分かりません。 この経験から、データの信頼性そのものを気にするようになりました。
実験を知ると、CAEの見え方が変わる
設計では形状や条件が変わっていくことが前提です。 だからこそ、ある1点でCAEと実験が一致したとしても、それが偶然なのか確信的に合っているのかを見極めるのは簡単ではありません。
実際、以前担当した解析で、流速の設定を誤入力するという単純なヒューマンエラーがあったにもかかわらず、平均化された指標だけを見ると精度が良いように見えてしまったことがありました。 後から確認すると、その誤入力の影響と、別の計算上のずれがたまたま打ち消し合っていました。 もしこの1点の一致だけを根拠にモデルを信頼していたら、大変な後戻りが発生していました。
突き詰めれば、あらゆるケースに通用する精度を実現することは難しく、精度は常に計算コストとのトレードオフの中にあります。 RANSがそもそも非定常な渦現象を定常とみなす、という大胆な仮定の上に成り立っていることも、その一例です。 だからこそ私は、精度そのものを追求するよりも、「設計判断にどれだけ使えるか」の方が重要だと考えるようになりました。
CAEを深く知ると、実験の見え方も変わる
メッシュやソルバーの設定を適当に、いわゆるデフォルト値のまま進めると、大抵は最初のバリデーションで結果が合わずに躓きます。 たとえば乱流モデルは、チュートリアルやサンプルケースで使われていたk-εモデルをそのまま流用している例をよく見かけますが、これにはSST(Shear Stress Transport)の効果が入っていないため、剥離を伴うような流れでは当然ながら精度良く合いません。 境界層の設定も同様で、そもそも壁面近傍のメッシュ解像度や第1層の高さといった条件がかなり繊細なぶん、そこまでカバーしきれていないケースも多く見てきました。
かといって、CAEの精度を上げるための確信的な手法があるわけでもなく、結局は実験からのフィードバックの積み重ねがものを言います。 強いて言うなら、流れの挙動をあらかじめ予測し、変化の大きそうな箇所はメッシュを密にする、乱流遷移や渦の寄与がどれくらい効いてきそうかを見極める、といった経験則に頼って手法を選んでいるのが実情です。
最適化で気付いた「精度」の落とし穴
最適化に取り組むようになると、自然と大量のCAE結果に触れることになります。 すると、それまで1点として見ていたCAE結果を、まとまった「データ」として見るようになりました。
単一解析から最適化に移行する時に、特に大きな障害となるのが解のロバスト性です。 実際に大量計算してみると2~3割程度のケースで解が発散してしまう、といったことも珍しくありません。 この対策は一筋縄ではいかず、いくつかのアプローチを組み合わせることになります。 メッシュや乱流モデルを見直して解析自体の安定性を上げることもあれば、狭い流路の形状でメッシュが張り付いてしまうといった、形状に起因する問題を大量のデータから見つけ出すこともあります。 それでもどうしても残ってしまう発散ケースについては、最適化側でペナルティの与え方を工夫して対処します。 こうした挙動は最適化の結果そのものに影響するため、精度以上にデータの品質を気にするようになりました。
CAEに求めるべきは「一致」なのか、「判断材料」なのか
絶対値の一致が重要になるのは、最終的なカタログスペックのような場面です。 製品として掲げる目標値を上回っているかどうかが問われるため、相対的な良し悪しよりも絶対値の精度に自信が持てるかが重要になります。 もっとも、本当に一致にこだわるなら実験で確認すべきですし、そもそも実験では測定しづらい指標だからこそCAEに頼っている、というケースも少なくありません。
一方、日常の設計業務では、形状同士の差分と、それが性能にどう影響するかという傾向が、経験則と一致していれば十分なことがほとんどです。 設計変更の良し悪しを見極めながら、いろいろ試して条件を追い込んでいく、という使い方が中心になるからです。 設計現場には時間の制約もあるので、軽量で使い勝手がよく、精度もそこそこで結果が明快なツールが好まれる傾向にあります。
私が考える、CAEとの向き合い方
CAEは未来を予言するものではなく、実験も絶対的な真実ではありません。 どちらも設計判断のための情報源であり、それぞれの得意・不得意を理解して使い分けることが重要です。 AIもその延長線上にある道具だと考えています。
おわりに ― CAEは現実を再現するものではなく、現実を理解するための道具
解析、実験、最適化と立場を変えながら見えてきたのは、結局のところ「CAEか実験か」ではなく、どちらであっても本質を見る、という姿勢の大切さです。 数字の一致だけを追うのではなく、その裏にある前提や不確かさを理解した上で、どう設計に活かすか。 それが私の考える、CAEとの向き合い方です。
日本企業には縦割りの組織が多く、設計・解析・試験がそれぞれ別の担当者に分かれ、結果として設計側に負担が偏ってしまうケースが多々あります。 解析・実験・最適化という立場を横断してきた経験は、そうした縦割りの間を埋め、経験則をシステムとして仕組み化していく上での強みになると考えています。